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SINCE 1996.9.22  最終更新 2006.01.17
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市民防災のホームページです

今年で阪神大震災から11年。(1995年1月17日午前5時46分)
皮肉な事に耐震偽装の中心人物ヒューザーの小嶋社長の証人喚問の日でもあった。どんなに日頃から住民が防災運動をしていても居住している本体に耐震能力が無ければ市民防災そのモノを見直さねばならない。
本日の新聞をを見ていても、阪神の地震の事はもうわずかしか載っていない。
2003年には宮城県での地震や北海道釧路方面で地震。
2004年10月23日午後17時56分新潟県中越地震(震度6強)も起きました。その後も余震と思われる大きな揺れが続き、被害を受けた人たちにお見舞いを申し上げるとともに「頑張って!」と応援することしかできない無力さを感じます。
中越地震での行政の初動対応(国)は阪神淡路大震災の教訓が生かされたように感じられました。
しかし、住民と市・町との連携には、まだまだ不安がかくせないのは事実です。今回の地震は山間部で起こったために土砂崩れなどで道路も寸断され電話も不通になり孤立した地域住民との連絡方法が無く被害状況がなかなかつかめないという問題が出てきました。
また、山間部の地域には若者が少なく災害時に活動できる成人が少なかった事も一つの要因のように思いました。その部分だけを考えると都市部における平日の住宅地でも同じことが言えると思います。成人は都市部に仕事に行き町には老人や災害弱者が取り残される。
次にもろかったのが携帯電話です。通話の多さにパンク状態になったり、基地局のアンテナに供給電源が無かったり、現代では電気がどれだけ重要なものか考えさせられました。
阪神大震災での5502名の尊い犠牲をはらい、また今回の新潟での被害の教訓を生かさねばいけないと考えます。
しかし、人とは勝手なもので、今、防災防災と騒いでいても月日が経つにつれ縮小気味になっていくのは阪神大震災の後もそうでした。

各自治会の防災担当者の皆さま!

不謹慎かもしれませんが、今、再び防災活動を始めるチャンスです。
先に書いたように、国の初動体制は早かったのに比べ日ごろの住民意識や村・町の意識の低さがまだまだ感じられます。常に自分なりのシュミレーションが最大の防災でしょう。
その部分を盛り上げるのが地域の防災リーダーだと考えます。
地域の防災リーダー達が防災活動に力を注がない限り地域住民は益々防災から遠ざかるに違いありません。

なぜ堀切から発信しているか

阪神淡路大震災で特に被害の大きかった長田区は、私の住む葛飾区によく似ている町です。
木造家屋が密集し、道も細く入り組んでいますし、特に私の町、
堀切(ほりきり)は地盤も柔らかく、葛飾区の中でもっとも危険な地域です。

私たちの町で、あの様な地震が起きたら、また私たちも・・・・・・
再び、あの様な悲劇を起こして良いのでしょうか?

阪神淡路大震災以来、各方面でいろいな試みが行われてきました。
しかし、日本人の特性なのか・・・・・阪神淡路大震災が起きた当時の市民の防災活動も時間と伴に失速している様にも見えます。もちろん、市民だけではなく行政も同じです。
防災・防災と唱えて来た私の町でも少しずつ住民の気力が薄れているのを感じます。

この「市民 防災 葛飾」は、個々の防災に対しての心構えや地域での防災活動・町と行政の連携などを阪神淡路大震災を教訓として、考えていくページです。
また、各防災関係や市民団体・ボランティア・住民の方々とネットワークを作り、様々な情報を交換したいとの主旨で1996年にたちあげました。
私たちと同様な地域は、日本中にたくさんあると思います。
地震は、いつ来るかわかりません。
日頃の、準備や心構えで、少しでも被害を抑えられれば、このホームページの意味があると思います。

このホームページに書かれていることは、
私の町で実際に実行され検証されているものです。
決して机上の空論ではありません。

市民・防災・葛飾」は、震災に対しての地域自主防災のホームページです。
東京都葛飾区
堀切(ホリキリ)より発信しています。